
昨日、辻直之のアニメーション観賞イベントに行ってきた。
細かいことはググって頂けたらと思う。
同志社大学寒梅館にて行われた、「創る〜Creation~辻直之を中心に」である。
彼の作品との出会いは今年の9月、東京だった。
Twitter澁澤龍彦オフの翌日、僕は国立近代美術館へと足を運んだ。
エモーショナル・ドローイング展である。
実を言うとこの頃僕はドローイングの可能性にだんだんネガティブになってきていて、どんどん「描く」という行為から離れていた。
「描く」よりも、「繋げる」だとか「生ける」だとか、あるいはもう「書く」ことの方にシフトしていた。
僕にとってそれは自然な流れなように思えた。
大学に入ってから出会った数多くの音楽、絵、デザイン、人を通して、僕はドローイングからインスタレーション、ワークショップへと自分の志向が変わっていくのを感じていたからだ。
でもそれは一種「逃げ」だったようだ。
近代美術館に入ってスラスラと作品を見ていく。
僕はかなり見るスピードが速い。
気に入った作品であれば、それこそ1時間でも見続けたいと思うのだけれど(直島のモネ『睡蓮』がそうだったなぁ)
だいたいにおいて僕は数秒見ると立ち去ってしまう。
でも
辻直之は違った。
暗室に入るとそこにはモノクロのアニメーションが上映されていた。
最新作『エンゼル』である。
正直、びっくりした。
最初に思ったのはまず何よりも、「どうしてあんなに汚いんだ」という疑問だった。
つまり、彼の作品——木炭画によるドローイングアニメーション——は、描いた絵を撮影すると、その絵を食パンで消し、そしてその上からまた続きを描くという手法なのだ。
だから消した跡が残る。
これは本当に衝撃だった。静かな、闇よりの衝撃。
消しゴムで消し損ねたノートに残るあの跡のようなものが、どうしてここまで胸に響くんだろう?
ベースの音がゆっくりと鼓膜を震わせる。
それはまるで、彼の作品の登場人物たちのように、姿を変え、天使の口から内臓を経て、肛門からでていくように。
僕は彼の作品を2回続けて見た。
僕はどうしようもなくみじめになった。
夢から覚めた後の放心状態に近かった。
僕は描くことから逃げていたのだなと感じた。
僕は神戸に帰ると、分厚い手帳を買った。
今、僕はそこに描きなぐっている。
詰まっていた砂がとれ、さらさらとまた、砂時計が時を刻み始めた。
ゆっくりと僕も何かを見つめていかなくてはならない。
そう思っている。
そして昨日、辻直之が京都に来たのである。
彼のすべての映像作品を携えて。
僕は彼の一番最初の作品から(実は最初は人形アニメーションだったのだ)、カンヌ映画祭に2年連続で出品された作品を経て、最新作『エンゼル』を再び見ることができた。
処女作から何度も繰り返し登場するキャラクターがいて、何度も何度も、命を生きていた。
不器用に、本当に不器用に彼は語った。
「カンヌ映画祭に出品できた『闇を見つめる羽根』は、僕を世界に試す渾身の一作だった」と。
「1995年東京造形大学を卒業する年、制作にかかり、阪神淡路大震災やオウム事件があった。
そこから8年の月日を経て——そこには9.11があり、イラク戦争があった——やっと完成した。
完結した自分なりの精神世界を描いてみたいと思っていたところに、オウム事件があり、スピリチュアリズムが否定的な眼で見られた。そしてそのほとぼりが冷めてみると9.11があり、イラク戦争が始まった。
時代に自分が追いつけなかった。」
彼は小さく語る。
「嘘でもいいから、何が正しくて、何が間違っているのかを決めなきゃいけない、そんな時代だった。」
そして生まれた『闇を見つめる羽根』は、世界から絶賛を受ける。
執拗に、不器用に、闇を見つめる。
穴を見つめる。
陰部から人間をとらえる。
穴は人間の身体であったり、火山口だったり、地球であったり、世界であったりする。
「肉体の美しさは皮膚にあるのみだ。女の魅力も実は粘液と血液、水分と胆汁からできている。いったい考えてもみよ、鼻の孔に何があるか、腹の中の何が隠されているか。そこにあるのは汚物のみだ。それなのに、どうして、私たちは汚物袋を抱きたがるのか。」
オドン・ド・クリュニーはそう苛立ちを見せたけれど、
辻直之は、そこから、そこを通して、人間を見つめているのだ。
時間が経過する感覚が混乱するくらい、彼の作品はすさまじい。
そして何よりも静かで、あたたかい。
僕もきっとそれくらいの覚悟を必要なんだろう。
何よりもまず、自分を見つめる覚悟から。



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